今回、上のスペースで取り上げた「オリガ・モリソヴナ」はノンフィクション作家である米原万里にとって唯一の小説。こちらは対照的に、ミステリーの女王である著者にとって唯一の小説以外の本となっております。宮部みゆきのエッセイとは珍しい、と買ったのですが隅々までは読んでおらず、今回整理していて出てきたのを機に通読しました。

 内容 ミステリーと並行して、江戸の町を舞台とする時代物を数多く執筆している著者。書く時に悩まされるのが、当時の実際的な時間感覚という。「ここからそこまで歩くのは、どのくらい時間がかかるものか」ということは、文献などを見ても分かりづらい。「そうだ、実際に歩いてみよう!」と思い立ち、リュックを背負い運動靴をはいて、東京の町をテクテクと「お徒歩(かち)」にて歩き回る。これが意外に楽しく、結石持ちで適度な運動を必要とする著者には格好の健康法。担当編集者、カメラマンをも巻き込み「平成お徒歩隊」がいろんな「お徒歩企画」を立てては各地を歩き回る。

 まずは「真夏の忠臣蔵」。赤穂浪士は討ち入り後、吉良家から泉岳寺までどれだけかかって歩いたのかを7月の日盛り、汗だくになって検証。続いては時代劇でよくある「市中引き回しの上はりつけ、獄門」の市中引き回しとはどれだけの距離なのか。そのほか小田原から箱根の関所まで歩く、江戸城(現在の皇居)の周りを一周する、かつての流人の島・八丈島を歩く、江戸本所の七不思議を巡る、そして最終回は神仏混交で、善光寺参りとお伊勢参り。

 テーマの設定にセンスの光る、ミニ道中記7編。編集者達との「集団弥次喜多道中」風にコミカルなやりとりが、著者本業のシリアスミステリーや時代物とは雰囲気を一変させ、宮部ファンにもまた時代劇ファンにも興味深い一冊となっています。軽快な語り口もなかなかで、執筆の裏話とか、もっとエッセイを出してくれればいいのになと思いました。(里)