約80年前、日高川町山野(旧丹生村)に森武楠(1883~1962年)という人がいた。丹生村の村長や村産業組合長を務めた人で、郷土の発展を願って全財産である東京ドーム約41個分もの山林194㌶を村に寄付した。

 武楠翁が寄付した財産を基金として一般財団法人興仁会を発足し、町内の教育振興などに取り組まれている。その一環として毎年、小中学校の読書活動推進のため図書購入費が贈られており、今年も学校へ届けられた。これを取材して初めて武楠翁のことを知った…と思う。というのも、興仁会の活動内容を聞いていると、丹生中学校には武楠翁の胸像があるという。私は丹生中出身で、遠い記憶を呼び起こしてみると、体育館の脇に木で囲まれた一角があり、そこにはグラウンドに向かって建てられた胸像があった。「あれが武楠翁だったのか」と驚くと同時に、中学生のころは、この像は誰で、どんな功績の人なんだろうと考えもせずに過ごしたことを恥ずかしく、授業で習ったかもしれないが全然記憶にないことを申し訳なく思う。

 そこで少し、武楠翁のことを勉強しようと資料を探し、県道徳教育推進協議会が発行した丹生中で実施された武楠翁を題材とした道徳の授業事例を見つけた。その中に「誰にでも分け隔てなく接し、もめごとがあれば奔走し、若者を育てることに情熱を注いだ」という人柄や、大切な森林を寄付すると決めるまで、眠れないほど悩んだというエピソードもあり、銅像の人が一気に現実味を帯び身近な存在になった。

 ふるさとのため財産を投じ、その思いを受け継いだ人によって現在も教育に活用されていることに感謝し、恩恵を受けた者として、このことを知っておく必要があると思った。(陽)