「日本のいちばん長い日」「ノモンハンの夏」などで知られる作家で近現代史研究家の半藤一利さんが今年1月、亡くなられました。本書は89歳の半藤さんが転んで脚を骨折、入院している間に企画を立て、出版社に勤務する孫娘が編集者となることを条件に雑誌に連載。予定回数の3分の1程度で終わりましたが、まさにおじいちゃんが孫に語って聞かせるように、戦争を知らぬ世代にその実相を伝える遺作です。

 半藤さんが病院のベッドの上で孫に提案したタイトル案は、「孫に知ってほしい太平洋戦争の名言37」でした。連合艦隊司令長官の山本五十六大将、開戦直前まで対米強硬派の東条英機首相兼陸相と激しく論争を繰り広げた若槻礼次郎元首相、明治の思想家岡倉天心らの名言のほか、「バスに乗り遅れるな」「欲しがりません勝つまでは」など国家が国民を総力戦の戦いに駆り立て、教育したスローガンも含め、いまに語り継がれる14の言葉について時代と現場の空気を解説しながら、その真意を洞察します。

 最後に取り上げる戦争末期の陸軍参謀次長河辺虎四郎中将は、1945年8月9日、ソ連が日本との中立条約を一方的に破棄して満蒙国境線を越えて進攻してきたことについて、「蘇は遂に起ちたり! 予の判断は外れたり」と手記に綴っています。蘇はソ連軍、予の判断とはソ連が条約を破ってまで進攻してこないだろうというら楽観的予測。状況的にはどうみても敵の進攻が迫っているにもかかわらず、軍の中枢は本気で「まだ大丈夫」と考えていたということです。

 この非常時の脳内で働く正常化への偏見は適切な判断を鈍らせ、災害時には逃げ遅れにつながります。この半藤さんの最後の本は、安全保障、自然災害などさまざまな危機に直面している日本人への警鐘です。(静)