このところ本の関係の取材が続き、御坊市立図書館の「大人な本」の読書会のあと、おはなしサークル「泉のひろば」の第1回朗読会を取材した。こちらも「大人向け」なところが特徴である◆本を読み聞かせてもらって楽しむのは子どもの特権なようだが、自分のペースで読み進む読書とはまったく違う魅力があり、大人こそこういう楽しみを体験していいのではないかと思えた。朗読作品の一つ、村山由佳・はまのゆかの絵本「いのちのうた」は以前に読んだことがあった。母クジラが子クジラに、仲間に通じる「歌」を覚えさせようと心をくだき、公害で汚れた海で母は子どものために命を投げうつ。展開を知っているのに、ゆったりしたスピードで言葉にのって内容が届けられることで、頭で理解するだけでなく、心の中にまでゆっくりとその物語の「心」が直接沁みとおってくるようだ。母クジラの捨て身の愛情に胸を打たれ、悲しくて涙が出てくる◆東日本大震災から10年ということで読まれた「希望の牧場」(森絵都、古田尚令)は、危険地域に指定された福島県沿岸部の街で、被ばく牛300頭を抱えながら国の殺処分の指示を拒み、牛を養い続ける男の物語。やがてその牧場は「希望の牧場」と呼ばれるようになる。「ハナミズキのみち」(淺沼ミキ子、黒井健)は、息子を津波で亡くした母親が「皆を安全なところへ導くハナミズキの道を作ってね」との息子の声を聞き、避難路沿いにハナミズキを植えて咲かせる物語。強い力を持つ深い物語に耳を傾けるうち、内容が自然に心に落ちてきた◆「時間をかける」ということが、物事を心に収めるためには必要なのだと体感できた気がした。時間をかけないことが、必ずしも効率的であり有意義であることはない。(里)