東日本大震災から11日で丸10年を迎える。三陸沖でマグニチュード9・0の大地震が発生。最大震度7の大きな揺れを観測し、場所によっては10㍍を超える巨大津波が襲った。この震災による死者は1万5899人、重軽傷者は6157人で、警察に届け出のあった行方不明者は2529人にも及ぶ。犠牲者の死因のほとんどが津波に巻き込まれたことによる水死だった。東京電力の福島第一原発も大きな被害を受けた。

 日高地方では揺れがなかったが、その日のことは鮮明に覚えている。取材先で見たテレビ画面で被災した様子が繰り返して映し出された。その映像から恐怖というより、体から力が抜けるような脱力感さえ感じた。大げさかもしれないが、「日本がこの震災で終わってしまうのではないか」という不安も頭をよぎった。事故からしばらくの間はテレビではバラエティ番組が自粛され、日本全体がどんよりと落ち込んだ雰囲気となり、被災地だけでなく日本中に大きな影響を与えた。

 この震災で防災に対する教訓が多かった。素早い避難が重要視され、「津波が来る前に高台へいち早く逃げなければならない」という教えが広く浸透し、避難訓練が学校や地域などで繰り返して行われた。日高地方でも南海トラフの巨大地震対策が一段と進み、避難困難地区の解消への取り組み、避難路の整備、公共施設の高台への移転などが急ピッチで進んだ。

 しかし、家族や肉親を失った人たちの心の傷は癒やされないし、いまも仮設住宅で暮らしている被災者たちもいる。「十年一昔」ということわざがあるが、日本に甚大な被害を与えた未曾有の震災を、単に「昔のこと」を考えるにはあまりにも早すぎる。(雄)