全国の八百万の神さまが出雲大社へ会議に出かけるため、10月を神無月というと、小さいころ教わった。出雲大社のある島根県では逆に神在月というとも。もちろん諸説あるが、昔の人は面白いことを考えると子どもなりに思ったのを覚えている。いやしかし、日高地方各地では10月と言えばまさに祭り一色。何か予定を入れるにしても「祭りが終わってからやな」というほどで、祭りは地域住民にとって非常に重要で楽しい行事。神さまが出雲へ会議に出かけるのも「祭りが終わってから」だろう。この地方も神在月が当てはまる。

 印南出身の筆者も毎年印南祭に参加している。若いころは祭りが近づくとうずうずして仕方がなかった典型的な印南っ子。40代も半ばになるとさすがに昔のようにはいかないが、仲間と騒いで年甲斐もなく声を枯らし、1年に1度しか会わない同級生とも酒を酌み交わす、祭りでしか味わえないいい時間を過ごさせてもらった。いまも体の節々に痛みを感じながら小欄を書いているが、それも心地よく感じるのは祭りの魅力の一つだろうか。

 楽しみな半面、心配なのはいつまで祭りが続けられかということ。人口減、少子化は祭りの存続にもかかわる話。筆者の出身地区のように軒数の少ない組はなおさらだ。地区で生まれ育った人が就職で都会に出て、なかなか帰ってこられない。逆にIターン者は祭りでも貴重な戦力として活躍してくれる。祭りの話は、人口減に悩む自治体の話とよく似ている。祭りがすたれるようでは町がすたれるということ。活気ある祭りが続くよう、若者が参加しやすい環境のために何ができるのか、将来のためにいまから考えたほうがいい。後の祭りにならぬよう。(片)