作家の宮本輝氏は子どものころ、父親のDV、母親のアルコール依存、家業の失敗といった現実から逃げるように、押し入れの中で本を読み耽った。社会人となってから突然、電車の中でパニック発作に襲われた。
小説家として成功してからも不安神経症は続き、テレビの対談で、「ある日、ふと手が痛くなり、なんの根拠もなく『あ、これは手がんに違いない』と思い込み、真剣に落ち込んだりしました」と笑っていた。
さすがにこれは大げさだろうが、体の不調を敏感に察知して病院へ行かなければ、重大な病気を早期発見できない。逆に楽観が過ぎれば手遅れになることもあり、人生、適度なネガティブは不可欠だ。
有名人のがんの公表が続いている。免疫、遺伝子、iPS細胞など新たな治療が続々と登場、進化し、いまや治る時代とはいえ、つきまとう死の恐怖は大きく、日本人のがんに対する反応は変わっているようには感じない。
多くの人はがんを告知されると、精神的に打ちのめされる。治療に入り、経過が順調でも不安は消えず、考えても無意味だと分かっていても、転移や再発が頭をもたげ、悪い方へばかり思考がめぐる。家族も同じであろう。
鶴の恩返しや浦島太郎の玉手箱ではないが、人は一つのことを考えてはいけないと思えば思うほど、そのことに意識が向く。がんも考えないようにしようとするほど、逆にそのことで頭がいっぱいになる。
そもそも、がんは他の病気と同様、完全に予防できない。いったん治った人も克服(勝利)したわけではなく、再発の可能性は一生続く。がんは克服などできない、だれもが抱えるリスクなんだといい意味で開き直れば、少しは気持ちが楽になり、患者を見る目も変わるのでは。(静)


