美浜町の東日本大震災体験者による特別講演が16日、地域福祉センターで行われ、町民ら約80人が大地震当時に陸前高田市立気仙小学校で校長を務めていた菅野祥一郎さん(68)の話を聴いた。

 避難所に指定されていた気仙小の校舎は3階まで浸水したが、菅野さんは裏山へ逃げるという判断をして、在校児童から1人の被害者も出さず「奇跡の気仙小」といわれている。講演では「あの日あの時~ふるさとは負けない!~」を演題に、当時何があったのか、どんな教訓を残したのか、命を守るために何が必要かなどをスクリーンに津波の様子などを映し出しながら語った。

 同市ではたびたび津波被害に遭っていることを説明したうえで、「津波は台風のように、毎年のようにはこない。津波から2年も経つと、注意報が出ても平気で海岸を走る車がある」と住民の意識の変化に警鐘を鳴らし、「津波は忘れたころにやってくる」と強調した。防災マニュアルについては、橋の閉鎖で遠回りを余儀なくされて亡くなった人がいたことや市指定の避難所が半数以上被災したことを指摘し、「否定する気はまったくないが、とらわれない行動をしなければならない時もあるのでは」と訴えた。裏山への避難は「判断、決断、指導する力を一気に発揮できた」と述べ、住民に指示がきちんと伝わった一因を「10㌔ほどを自転車通勤していて、地域の人たちとなじみがあったから」と分析。普段の地域交流の重要性も分かりやすく伝えた。

 津波が発生した時は「遠くより近くて高いところ」「安全を過信してはならない」とアドバイス。最後に「時間とともに記憶が薄れていく。忘れていくおかげで、きょうを楽しむことができるという人もいる。大事なことは、このような天災を忘れないできょうを楽しむこと。普段から自分の命を守るため想像力を働かせ、気づき、備え、行動してください」と呼びかけた。

写真=スクリーンで当時の映像を紹介しながら講演