11月11日は有間皇子の命日だった。皇子の顕彰活動を行う東山の森Arkは11月を「命日月」として毎年「有間皇子ことはじめ展」を行っており、ことしも10日に開催。命日の11日には海南・万葉の会主催のミュージカルも行われた◆有間皇子は飛鳥時代の皇族で、中大兄皇子(天智天皇)のいとこ。中大兄の陰謀により、「斉明天皇への謀反を企てた」として658年に19歳の若さで刑死した「悲劇の皇子」として知られる。「知られる」とはいっても、やはり古代史に関心がなければそう詳しく知る人は少ないだろう。「ことはじめ展」の名には、「入門の場に」との意味がある◆戦国武将や幕末の志士が好きなだけの単なるミーハー歴史ファンの筆者だが、縁あって東山の森Arkの活動を取材するようになりずいぶん勉強させてもらった。人物像がある程度つかめると、がぜん面白くなる。皇子は蘇我赤兄(そがのあかえ)に謀反をそそのかされ、その後裏切られて捕えられるのだが、白浜の裁きの場で言ったとされる「天と赤兄と知る。吾全(もは)ら知らず」天と赤兄が知っているだろう、私は何も知らない、との言葉には、赤兄への怒りを込めながらもくどくどと申し開きはしない、皇族の若者としての誇りが表れているようだ。護送の途中、岩代で松の枝を結び「幸い生き延びられたら、またこれを見よう」と願いをかけたとされる逸話も、その直後に若すぎる命を散らしたことを思えば哀れさが胸に迫る◆知っている人はよく知っている。知らない人はまったく知らない。そんな状態から前進し、基本的な話だけなら誰もが知っている状態にまでこぎつけるのは難しい。知ることも「縁」。縁を持つきっかけを多くの人に伝え続けることでしか、広める術はないのだろうか。(里)


