物心ついた頃からかなり長い間、西城秀樹が男性アイドルの代名詞だった世代である。スタンドマイクを振り回す激しいアクション、ハスキーな歌声とともに、何曲かは歌詞もよく覚えている◆代表的な曲は、なんといっても1979年の「ヤングマン」。TBSの「ザ・ベストテン」では最高得点の9999点を2週連続で獲得した。昭和8年生まれで歌謡曲など嫌いだった母が、この曲だけは「元気いっぱいで、見ていて気持ちがいい」とすっかり気に入っていた◆63歳という若さでの突然の訃報に驚き、あらためてインターネットで経歴などを調べてみて、この曲が世に出るまでにはご本人の相当の苦労があったことを知った。レコーディングに訪れたロスでカーラジオから流れる原曲に心を奪われ、「カバーしたい」とレコード会社に直訴。しかし原曲のイメージが「アイドルがうたうようなものではない」と、全く取り合ってくれない。当時は所属事務所やレコード会社の力が圧倒的に強く歌手の希望が通ることは少なかったが、彼は絶対諦めず「歌詞を若者への応援歌に変え、タイトルを『ヤングマン』にする」ことを考案。何度もレコード会社に足を運んで談判した。「Y・M・C・A」の4文字を全身で表現することも自身で考えたそうだ。そしてリリース後たちまち火がつき、大ヒット。周りの態度も一変したという◆2003年、11年と2度、脳梗塞を発症。リハビリする姿をあえて隠そうとせず「同じ病気に悩む人に励みにしてもらえたら」と話していたとのこと。一つの時代を築いたアイドルとしての存在感を、今も人々のために使っていたのかと思うと頭が下がる。あの「Y・M・C・A」をリアルタイムで見た記憶が一つの財産に思えた。(里)

