田辺市龍神村殿原で子どもの日の5日、第2次世界大戦末期に墜落した米軍大型爆撃機「B29」搭乗兵の冥福を祈る74回目の慰霊祭が営まれた。同機は1945年5月5日に日本の戦闘機と空中戦を展開して墜落。その後すぐに地元住民が亡くなった乗組員を供養する卒塔婆(そとば)と十字架を建立した。1カ月後の6月9日には第1回の慰霊祭が行われ、戦時中だったにも関わらず哀悼の意をささげた。当時、敵国だった兵士を日本人と同様の扱いを行ったことに対し、驚きと村人の清らかな心が感じられる。▼B29の墜落を研究してきた古久保健さん(80)は当時小学生だった。墜落する光景も目撃し、「事実を後世に残したい」と、教師生活を退職した20年前から本格的に史実の解明に尽力してきた。2005年に経緯をつづった「轟音~B29墜落の記~」を出版。10年には映画「轟音」を制作し、13年には亡くなった米兵の遺族も訪ねた。▼こうした村人たちの取り組みや古久保さんの活動が米国にも伝わり、14年には米国空軍の音楽隊が慰霊碑のある惣大明神で追悼演奏を行ったこともある。小さな山里の人たちが両国の絆を深めたともいえる。▼戦時中から続いている慰霊祭は、平和への思いを継承するという象徴でもある。まさに戦争の悲惨さを風化させず、次世代へと語り継がれてきたことになる。3年前には古久保さんがこれまで行ってきた思いを継承するとして、古久保真介さん(55)、五味一平さん(40)、宮脇慎さん(45)の3人が語り部として引き継いだ。これから先どんなに時代が変わろうとも、殿原区民の平和を守り続けるという気持ちは変わることはないだろう。それはB29の墜落から村人が行ってきた歴史が証明している。(雄)

