初めて著名人の講演会を生で聴いたのは12歳の時。始まったばかりの「市民教養講座」だった。講師は、国語学者の金田一春彦氏。辞書によく名前の載っていた金田一京助氏のご子息であり、クイズ番組でおなじみの金田一秀穂氏のご父君である◆テーマはもちろん日本語について。その美しさを表現するのに、氏は「湯上がり」という言葉を例に挙げた。「ゆあがり」という音の響きが素晴らしい。体から湯気の立ち上るような温かさ、風情までその4音で表す。英語の「アフターバス」は決して湯上がりではなく「入浴後」だ、と◆氏が知り合いのアメリカ人に「間が悪い」という言葉の意味を聞かれた。今は「タイミングが悪い」の意味でよく使われるようだが、本来は「きまりが悪い、ばつが悪い」というニュアンスも含む言葉。春彦氏は例を挙げようと、「朝、出かける時に隣のおばさんと顔を合わせてあいさつし、そのあと忘れ物をしたことに気づいて取りに戻り、もう一度出かけようとした時にまたそのおばさんと顔を合わせた」時の気持ちだと説明。すると彼は「ヒャッヒャッヒャッ」と笑った。「私ならこう言いますね。『あなたさっき私のブラザーに会いませんでしたか』」◆当意即妙的にばつの悪さを吹き飛ばせるユーモア感覚を持ったアメリカ人には、「間が悪い」などという微妙な感覚は無縁なのかもしれないが、そうした海外の感覚を説明しながら逆説的に日本語の繊細さを浮び上がらせていく、面白い講演だった◆ことしの市民教養講座のチケットが26日から発売。講師陣の中に金田一秀穂氏の名を見て、個人的に感慨深いものがあった。三十数年という時間を経て親子2代の講演を聴けるのは、実に楽しみである。(里)

