1月17日は筆者の母親の誕生日であるが、23年前、1995年のこの日からは、日本人にとって忘れてはならない日付となった◆特定非営利活動法人「震災から命を守る会」主催の体験セミナー「1・17阪神淡路大震災からの教訓」が御坊市立体育館で行われ、取材した。市内4保育園の園児約100人が参加。敷き詰められた卵の殻の上をはだしで歩く体験で、靴をはかずにがれきの道などを歩いたらどんな感触か身をもって学んだ。友達としっかり手をつなぎ合っておそるおそる歩いていく子ども達の姿は微笑ましく、足の裏を一生懸命拭いて「痛かった~」と言いながらも滅多にない経験を面白がって笑う様子は笑顔を誘った◆被災地の学校施設を写した写真パネルも紹介。大きなロッカーが教室の真ん中に倒れていたり、音楽室でグランドピアノが上下逆にひっくり返っていたりといった具合で、子どもたちにとって大きなもの、家具類が簡単に動いたり放り出されたりしてしまっている映像を目の当たりに見せることで、地震がどんなに大変な事態か、幼い子にも分かりやすいよう感覚的に理解してもらおうという試みだ◆きょうで85歳になる白浜町出身の母は、1946年12月21日の南海地震をよく覚えているという。当時13歳で、自宅近くの裏山に遊びに行っている時に遭遇。激しい揺れに立っていられず友人と手を取り合って地面に伏せ、家の方を見下ろすと、並んだ家々が信じられないくらい左右に大きく揺れていた。本当に恐ろしかったそうだ◆子ども時代の経験、印象は成長しても強く残る。「いざという時、逃げられる子どもを育てること」――以前取材した、「釜石の奇跡」の立役者といわれる片田敏孝氏の講演会で強く印象に残った言葉を思い出した。      (里)