由良町糸谷の由良湾で大日本帝国海軍の第30号海防艦が米軍艦載機(グラマン)との激闘の末に炎上、沈没し、楠見直俊艦長以下、乗組員99人が戦死した日から72年目を迎えた28日、地元の歴史に詳しい中西忠さん(85)=大引=とボランティアで供養塔周辺の清掃を続けている阪元昭良さん(82)らが慰霊碑に手を合わせ、戦死者の冥福を祈った。
この日は中西さんと阪元さんのほか、海上自衛隊由良基地分遣隊からも数人が訪れ慰霊の花をたむけた。27日には寝屋川市に住む海防艦の乗組員だった大野一富さん(90)が訪れ、数日前には大野さんと同じく20年7月11日の戦闘で重傷を負い、5日後に亡くなった佐賀県住吉村(現武雄市山内町)出身の丸田鐡雄さんのめいで、愛媛県松山市に住む前川みえ子さんも供養のため由良湾を訪れた。

