「誰にでも悪いことと分かる、こんなことを君がやるはずない。確信犯か」「そんなにあなたの琴線に触れると思わなかった」。以上の会話は、ありそうなものだが、かぎかっこ内の日本語は正しくない。本来の意味ではなく、誤った使われ方をしている慣用句が含まれる。
 「確信犯」とは「政治的・宗教的などの信念に基づいて正しいと信じてなされる行為(その行為を行う人)」が本来の意味だが、「悪いことだとわかっていながらなされる行為(その行為を行う人)」との誤用が増えてきている。「琴線に触れる」は、本来は「感動や共鳴を与えること」という意味だが、「怒りを買ってしまう」と誤解している人が多い。いずれも文化庁が今月21日に発表した2015年度「国語に関する世論調査」の結果を報じた新聞に掲載されていた。「確信犯」は本来の意味を回答した人はわずか17%。「琴線に触れる」は間違った意味を答えた人が31%もいた。
 世論調査の報道では文法上誤りとされる「ら抜き言葉」を使う人の割合が、初めて多数派となったことも紹介されていた。本来の表現である「見られた」「出られる」ではなく、「見れた」「出れる」を使用する人の割合。これらは日常会話にも頻出していると感じる。
 記者歴20年余り。時間に追われる毎日、たまに間違いはあるかもしれないが、表現は正確でなければならないと肝に銘じてパソコンのキーボードを叩いている。それができなくなれば、この仕事も「潮時」か。この「潮時」の意味も「ものごとの終わり」「引き際」などと誤解が多いようだが、「ある事をするための、ちょうどいい時期。好機」が本来の意味で前出は誤用。記事を書く際は、最後まで気を抜けない。 (賀)