第2次世界大戦末期に田辺市龍神村殿原に墜落した米軍大型爆撃機「B29」搭乗兵の冥福を祈る慰霊祭が5日、同地区の明神神社近くの慰霊碑前で行われ、住民ら約150人が手を合わせた。墜落したB29について長年にわたり研究している地元の古久保健さん(78)は「戦争は始めると終わりがない。いまも戦後処理が続いている」と話していた。
 昭和20年5月5日、搭乗兵11人を乗せたB29と日本の戦闘機「紫電改」が同地内の上空で空中戦を展開。紫電改がB29を撃ち落とし、乗組員7人が亡くなった。残り4人は捕虜として捕らえられた。戦時中だったにもかかわらず、地元住民は亡くなった米兵を埋葬し、現場に慰霊碑と墓標を建立。同年6月9日、第1回の慰霊祭が営まれた。その後、慰霊碑は災害などにより6回にわたって移転。平成5年に現在の場所に移された。
 慰霊祭は今回で72回目。地元住民をはじめ県内外から約150人が参加し、仏教式とキリスト教式で行われた。大應寺(同村東)の松本周和住職(68)が読経、カトリック教会のカレン神父(75)が聖書の一節を朗読し、全員で聖歌をうたった。
 宮本卓美区長は「戦争のない平和な世界になるように祈っていただいた」とあいさつし、龍神村行政局の宮田耕造行政局長が「戦争の歴史を風化させてはいけない」などと真砂充敏市長のメッセージを代読した。古久保さんは「B29の墜落に関する真実を明かそうと取り組んできた。この思いを次の世代に引き継ぎ、若い人にも同じ思いを持ってもらいたい」と語り、継承する3人の地元の若手として古久保真介さん(53)、五味一平さん(38)、宮脇慎さん(43)の3人を紹介した。古久保真介さんは「70年以上も続いている慰霊祭には、殿原地区の熱い思いがある。米兵の御霊を供養するとともに、命の大切さを深く考えていきたい」と決意を述べた。