「目立ちたかったからだよ。誰からもかえりみられず、静かに人生を終えようとしている老人が、このときばかりは自分のいうことにみんなが注目しているんだ...」。映画『12人の怒れる男』の名シーン。殺人罪で起訴された黒人少年を有罪とするに、年老いた男性の決定的な証言が崩れ始め、ハナから有罪と決めつける白人陪審員が「じゃあなぜあの証人がそんなうそをつくんだ!」とわめく。そこで、証人と同じ年寄りの陪審員が切り返す。
 いわゆる従軍慰安婦問題をめぐる報道で、朝日新聞が自社の記事の誤りを認めた。昭和57年、元山口県労務報国会下関支部動員部長と称する吉田清治氏が『私の戦争犯罪』という本を出版。朝日新聞はその内容をうのみにして報道、これが韓国の反日感情に火をつけた。
 事件の舞台とされた済州島の地元紙記者がそのことを徹底的に調べたが、「200人の朝鮮人女性を狩り出した」という吉田証言を裏付ける話はどこにもなかった。島民は「日本人はなぜこのように、自国を貶めるうそを本にするのか」と不信の目を向けた。
 平成8年には法学博士秦郁彦氏の追及に対し、吉田氏自身が「済州島の慰安婦狩りは虚構を交えてある」と捏造を認め、2年後には同じく秦氏に「本に真実を書いても何の利益もない...事実を隠し、自分の主張を混ぜて書くなんてことは、新聞だってやってることじゃないか」と開き直ったという。
 レベルは違えど、人に注目されたいという自己顕示欲は誰にもある。利にさとい活動家らに担がれ、注目を浴びるうち、自分の中の虚構がいつしか事実となってしまう。映画の陪審員のように、新聞も読者も、まともなバランス感覚、妄言を見抜く直観力が求められる。    (静)