
4月のテーマは「出会い」。五木寛之の初期の短編をご紹介します。
「霧のカレリア」(五木寛之著、新潮文庫「さらばモスクワ愚連隊」所収)
北欧等を舞台とした短編等、5編を収録。この作品はフィンランドが舞台となっています。主人公が、一生の仕事「切子」に出会う瞬間を描いた部分。
* * *
それは切子の大ぶりな鉢だった。滑らかに磨きあげたクリスタルの曲面に、久留米がすりの地色を思わせる澄んだ紺青を重ね、円文を出したものである。厚い円文には斜格子が走り、その中に青い星のような小花紋が冷たくきらめいている。その冴えたブルーの色から、単純で、しかし透明な、美しい幻想が水滴のようにしたたり落ちるのを、冬木は観た。それは古く、そして永遠に新しい、切子の傑作の一つだった。
〈親父が愛してたのは、これだったのか〉
彼には、何かがわかったような気がした。祖父が追いかけたもの、父親が守ろうとしたもの、その情熱の対象が、その時、冬木の目にはっきりと見えたのである。


