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名もなき星の哀歌 結城真一郎著

 読んでみようと決めた決定的な要素は、裏表紙に「新潮ミステリー大賞受賞作」と書かれていたからだったのですが…。

 物語 新卒銀行員の良平、漫画家志望の健太には「裏稼業」があった。人の記憶を小瓶に入れて売買する「店」での仕事だ。ランタンの灯りだけがともされた一室で、「客」に水晶玉に手を当てさせて、「売り」を希望する記憶を思い浮かべさせる。その記憶は「店」で引き取り、買い手を待つことになる。嫌な記憶を消し去ってしまいたい、という客は多い。また、他人の記憶をその感覚ごと味わったり、探し物の参考にしたりなど、「買い」を希望する人もまた多い。

 良平と健太、腕のいい営業マンである2人にもノルマが課されており、3年間で1000万円をかせぐべく営業に励む2人。そんな中、路上ライブで流浪の歌姫「星名」と出会ったことから、2人の計画も運命も、大きく動いていく…。

 人間の記憶を自由自在に操り、水晶玉を通じて吸い取った記憶は、抽出して香水のようにスプレー状のもので他人に吹きかけることで、他人がその記憶を追体験できる、その記憶を加工して他人に植え付けることができる、等々、これら想像力の翼を自由に広げて描かれる登場人物たちの能力を「荒唐無稽」「ご都合主義」と感じる向きには、多分話に入り込むことができないと思います。

 冒頭、水晶玉の中に記憶を封じ込める辺りで「ファンタジー大賞だった?」ととまどいながら、これはそういう世界なのだな、と納得して読み進めるとピュアな青春小説の趣。緻密に凝りまくった設定に似合わぬ、揺らぎを含んだ初々しい文体は内容にふさわしい。後半、入れ子構造の世界観が畳みかけるようなテンポでダイナミックに明かされていくのはミステリー大賞ならではの醍醐味。それでいて、ピュアな世界観の核は最後までキープされます。ミステリーとしては物足りないけど好感の持てる作品だった、という感じです。(里)

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