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女のいない男たち 村上春樹著

村上春樹(むらかみ・はるき) 1949年京都府生まれ。早稲田大学文学部演劇科卒。「1Q84」で毎日出版文化賞など受賞多数。ほか「ノルウェイの森」「海辺のカフカ」など多くの著作。

 アカデミー賞を受賞し、話題となった映画「ドライブ・マイ・カー」の原作が収録されている短編集。ノーベル賞のシーズンになるたび話題になり、「ハルキスト」なる信者がいるほどの著者。物語がしばしば難解と言われちょっと敬遠していましたが、世間の盛り上がりにつられて、彼の本を初めて手にとりました。6つの物語が収録されていますが、そのなかからタイトルも独特な「木野」という物語が印象に残りました。

 主人公の木野は、長年スポーツ用品を販売する会社に勤めていたが、妻が会社の同僚と不倫をしていたことを知り、会社を辞める。その後、彼は伯母から店を譲り受け、自らの名前「木野」という店名のバーを始める。やがて店にはいろんな人や動物が集まってくるようになり、それらの出会いを通して次第に自分自身と向き合っていく――というお話。

 妻に裏切られ、逃げるように開いた店が、彼にとって「奇妙に居心地の良い空間」になり、そこには良いもの、悪いものも集まってきて、彼の心情を表すかのように描かれていきます。良いものとして描かれるのは、自由に店に出入りする灰色の野良猫、カミタという謎の男。カミタは神の田んぼと書くのですが、木野にとって正しい道に導く存在だったりします。カミタの正体は物語の後半に、自分を見守ってくれる守り神かもしれないと木野は気づきます。一方、悪いものとして描かれるのは、三匹の蛇と謎の女。木野はこの女と関係を持ってしまうあたりから、店に異変が起こるようになります。

 そんな時期に木野はカミタから店を捨て旅に出た方がいいと助言を受けるわけですが、その中で木野は妻の不倫に対して、きちんと現実と向き合わなかったこと、自分自身が深く傷ついていた本心に気づくのです。

 心の様相を店に出入りする人や動物に例えるところが、どこか神話的な展開。これが文学の堪能というやつなのでしょう。(鞘)

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