今月5日、和歌山市の南海和歌山市駅近くに「有吉佐和子記念館」がオープン。今月のテーマは「有吉佐和子」とします。


 「紀ノ川」(有吉佐和子著、新潮文庫)


 郷土をテーマとした著作の多い有吉佐和子。中でも代表作とされるのが本書。紀州の素封家を舞台に、明治、大正、昭和と3代の女たちの系譜が大河に例えて書かれます。

 六十谷橋を渡ると、旱り続きで東京も水不足だというのに、紀ノ川は相変わらず豊かで、その重い音が、つい川上に見える新六箇井の堰から橋桁に響き、華子の全身に聞こえてくる。仰ぐと南西の空に新築されたばかりの和歌山城が、ひどく真新しく白っぽく望めた。戦後、大阪資本によって工業の発展性を奪われた和歌山県では、和歌山市を観光都市とする方針をたて、まず天守閣の再建を三年ばかり前から企画したのである。(略)


 見遥かす紀州は昔と同じように豊かな緑であった。(略)


 紀ノ川が、まるで流れているとは思えぬほど静かに平面的に、翡翠と青磁を練りあわせたような深い色をして横たわっている。川上から川下へ、ゆっくり望遠鏡を回して、その色がどこにも濃淡を見せていないのを半ば感心して眺めているとき、河口に近く林立する煙突が見えた。