このところ道成寺に関することばかり書いているような気がするが、先日、初めて本堂裏手にある書院を訪れる機会を得た。襖絵の調査の取材である◆書院は300年前に紀州藩が賓客を迎えるために建立。ここに、これまで別人の作と思われていた、地元御坊ゆかりの日本画家によるとみられる襖絵があるとのことで、県立近代美術館、県立文書館の学芸員が調査した画家の名は谷井翠山。中世から続く御坊屈指の名家、津本家の出身だという◆その襖絵「芭蕉図」を一目見た途端、考える前にまず「わあ」と声が出た。襖4面を大きく使い、バナナに似たバショウの葉がダイナミックに描かれている。襖絵と聞いて枯淡の味わいの山水画など思い浮かべていたので、伸び伸びと南国ムードを漂わせたその絵には意表を衝かれ、心ひかれた。墨一色で描かれているためか南国の植物なのにどこか涼しげで、すがすがしささえ覚える。もう1点の山水図も繊細で清らかな雰囲気。「芭蕉図」とモチーフはまったく違うが、やはり心が洗われるような上品さを感じた。絵に関して特に詳しい知識も見識もないが、ただ見ていて気持ちのいい絵だった◆書院はとても広く、江戸時代以前の襖絵や杉の板戸絵が幾つもあり、奥へ奥へと進みながらその都度現れる雪の中の五位鷺、馬、鶴の絵など見ていると時間の過ぎるのを忘れる。趣の深い庭園も眺められ、ここに入れただけでも大きな収穫と思えた◆書院といい谷井翠山といい、日高地方の知られざる宝に遭遇した心地。書院は期間を定めて公開されており、知られざるとはいえないかも知れないが、翠山に関しては資料が極めて数少ない。地元に残された絵に光が当たり、調査が進んで多くの人に知られればいいと思う。

(里)