谷井翠山の作とみられる「芭蕉図」のふすま絵を眺める津本さん、小野院主、藤本さん(左から)

 日高川町鐘巻の名刹、天音山道成寺(小野俊成院主)の書院にあるふすま絵は、作者がこれまで三木翠山とされていたが、実は地元ゆかりの日本画家谷井翠山(やつい・すいざん)である可能性が高いとして11日、県立近代美術館と県立文書館から学芸員が調査に訪れた。

 谷井翠山(1877~1950年頃)は御坊市出身で、旧姓津本。京都画壇で学び、明治から昭和にかけて活躍した。同時代の画家で、同じく京都画壇で学んだ三木翠山と混同されることが多く、今回調査したふすま絵もパンフレットには作者名が「三木翠山」と記載されていた。


 書院は元禄15年(1702年)に紀州藩が建立。近世以前は藩主、近代以降は皇族ら賓客を迎えるために使われてきた。1971年、県文化財に指定。2015年からは期間を定めて一般公開されている。


 谷井の作とみられるふすま絵は2点あり、1点は「持仏の間」のふすま4面に大きく描かれた「芭蕉図」。もう1点はその裏面、隣室の「上之間」のふすまとして描かれた「山水図」。いずれも落款は「翠山」で、著名な日本画家竹内栖鳳の弟子だった三木翠山の作とみられていた。


 御坊市薗、天性寺が本堂の大規模改修を行った際、御坊市文化財審議員の大谷春雄さんが谷井翠山作とみられるふすま絵を確認。道成寺書院のふすま絵についても「三木翠山ではなく谷井翠山が作者なのでは」と指摘し、今回の調査に至った。


 県立近代美術館学芸員の藤本真名美さんは丁寧にふすま絵を見て、「美人画を主に描いていた三木翠山とはタッチが違います。絶対にこのような絵を描かないとは言い切れませんが、地元ゆかりの谷井翠山の作である可能性は高いと思われます。しかし谷井翠山については記録がほとんど残っておらず、検証するにはこれからさらに信頼できる資料をできるだけ多く集める必要があります。今回のふすま絵を見たところでは、高い力量のある画家であると思います。地元の方々の家などに絵が残されていればいいのですが」と話した。


 この日は谷井翠山の兄弟の曾孫に当たる津本敦郎さん(和歌山市)も訪れ、家に伝わる翠山の絵を持参。「蓬莱山水之図」を見せた。


 小野院主は「ご指摘を受けて驚きました。地元の知られざる画家の作品であるとすれば、事績が明らかになるのは喜ばしいことです」、大谷さんは「名刹道成寺の書院の絵を担当したこと自体、当時評価の高い画家であった証と思われます。再評価に期待したいと思います」と話している。