昨年12月、「逸見万壽丸生誕七百年を祝う会(万寿会)」が発足した。逸見万寿丸源清重は14世紀の人物で、旧矢田村の領主。特筆すべき事績は和歌山県最古の寺院道成寺に釣鐘をよみがえらせたことだ◆「道成寺物」と呼ばれる一連の古典芸能は、「二代目釣鐘の再興」がモチーフとなっている。安珍清姫の事件は928年とされ、道成寺には400年以上も鐘がなかった。「激しい恋によって長らく鐘が失われていた寺に再び鐘がよみがえった」という事実は当時、大ニュースだったのだろうか。能も歌舞伎も清姫の化身の女性が鐘に入る場面が見せ場だが、実際の二代目釣鐘は人が中に隠れられない、小ぶりな大きさだ。「安珍のように誰かが中に入ることがあってはいけないから」という意味が込められているとすれば、粋なはからいであろう◆万寿丸は鐘の寄進に先立ち、築650年で傷んでいた道成寺初代本堂の建て替えに着手。数百年という長い年月、誰も簡単に手をつけられなかった大変な仕事である。万寿丸が再建した本堂は630年もち、昭和から平成にかけての1985~91年に解体修理された。この時、北面秘仏の胎内仏として初代本尊が発見されている。現在、本堂で南向きに立つのはこの仏様だ◆誰も手をつけなかった大規模な事業をやり遂げ、風流心も持たせる。開明的で実行力もある、粋な人物像が浮かんでくる。万寿丸生誕七百年祭行事は今月28日の秘仏中開帳閉扉法要をもって終わるが、これきり忘れられるのはもったいない◆今回の七百年祭では「ふるさとのヒーロー」と紹介されているが、古典芸能でも格の高い「道成寺物」を生み出す機縁をつくったことを考えると、郷土のみならず広い芸術の世界でもヒーローなのかもしれない。  (里)