8月に刊行された「九十八歳。戦いやまず日は暮れず」で断筆宣言をした佐藤愛子さん。5年前にベストセラーとなったエッセイ「九十歳。何がめでたい」が8月11日付で文庫化されました。週刊「女性セブン」に連載された痛快エッセイ29編のほか、文庫版はインタビューや対談、同志的存在の瀬戸内寂聴さんによる解説と盛りだくさんです。

 内容 大正12年(1923)生まれの著者が、2010年代の社会に舌鋒鋭く立ち向かう。髪に白いものの混じるタクシー運転手と、スマホ普及の世相を嘆き合う。
「そんなものが行き渡ると、人間はみなバカになるわ。調べたり考えたり記憶したり、努力をしなくてもすぐ答が出てくるんだもの」
「まったく日本人総アホの時代がくるね!」(「来るか? 日本人総アホ時代」)

 昨今は町で犬の吠え声もそう聞こえず、小学校の下校時の子どもたちも心配ごとでも抱えているかのように静かで、シュクシュクと歩いている。
「騒音は生活が平和で豊かで活気が満ちていてこそ生まれる音である。戦争体験者である私は、空襲警報が鳴り響き、町は死んだように鎮まり返った恐ろしい静寂を知っている。犬の吠え声もなかったのは、食料欠乏のために犬を飼う人がいなくなったためだった。

 町の音はいろいろ入り混じっている方がいい。うるさいくらいの方がいい。それは我々の生活に活気がある証拠だからだ。それに文句をいう人が増えてきているというのは、この国が衰弱に向かう前兆のような気がする」(「我ながら不気味な話」)

 テレビの「サザエさん」が35周年を迎えた時の感想文の切り抜きを読んであきれる著者。
「『カツオと同じ年頃の子を持つ親として、波平の子供を理解しようとしない古い父親像に理不尽さと不快感を覚える』これは三十歳の男性の意見だ。思わず私は『おいおい、これはマンガだよ…』といいたくなった。『成績は悪くてもカツオの生きる知恵の豊かさに感心した』感心している場合か。ここは笑うところだ。なぜ笑わない!」(「一億論評時代」)

 2017年の年間ベストセラー総合第1位となった本書は実に読みやすく、そして気持がいい一冊です。

 著者の弾むような健康なバランス感覚、物事をはかる公正な価値観と強靭な精神力、それだけではなく、内からにじみ出る人情。そこがえもいわれぬ爽快感と同時に、ふっと心の奥底に火をつけてくれる、温もりを感じさせるのでしょう。

 何もかも大層に取り上げようとする価値観の硬直した現代社会を正気に立ち返らせてくれる、パワーを感じます。「断筆宣言」のある最新作もぜひ読みたいです。    (里)