8月のテーマは「夏の味覚」。今週はバブル末期のトレンディドラマ風コメディ。グルメ的な描写がいっぱいです。

 ハートブレイク・キッズ(小林信彦著、新潮文庫)

 若い女性ライターが人気作家夫人に留守番を頼まれ、高級マンションへ。しかしおかしな青年と同居する羽目に…。

 バブル期の世相を交え、マスコミ業界を舞台に展開する上質のコン・ゲーム。あえて今、ドラマにしてほしい一編。

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 冷えたサングリアで乾杯すると、「かえって迷惑をかけたね」と太田は苦笑した。(略)

 冷たい前菜が出る。これはまあ、甘エビ入りのサラダみたいなものである。つづいて温かい前菜。イカの墨煮やムール貝、ウナギの稚魚が盛り合わせてあって、おいしかった。次はスープで、アンダルシア風ガスパチョである。五、六種の薬味を入れるのに、ボーイはいちいち好みをきいた。量はすくないが、冷たいガスパチョが舌にこころよく、スパイスがかすかに舌を刺激する。「マスターとしてはサラダに干ダラを入れたいんだ。干ダラはポルトガルやスペインではとても好まれる。ところが、日本で干ダラの料理というと安っぽくみられるから、使いづらいんだ」太田は笑った。次はパエジャである。(略)

 ここでシェリー酒風味のレモン・シャーベットが出た。
「どう?」
「おいしいです」
「いや、例の男の件だよ」