元アニメーターで江戸川乱歩賞作家、真保裕一の「行こう!」シリーズ最新作。今年5月に文庫化されました。「卓球」「競歩」「ブラインドサッカー」の3編から成ります。

 物語 「百㍍走をしながらのチェス」ともいわれる卓球。7歳からラケットを握り「神童」と呼ばれた成元雄貴だが、明城大卓球部では肩のけがで1年を棒に振る。4年生となり、迎えた全日本大学総合卓球選手権大会。この結果で、企業に所属しながら選手人生を続けられるかどうかが決まる。卓球人生を懸けて臨む雄貴の前に、子どもの頃から戦ってきた選手達が次々に現れる。その先に立ちはだかる強豪・荒木田。対戦相手をすべて倒して荒木田まで到達し、彼をも倒せれば望み通りの未来が開けるかもしれない。さらにその先に、オリンピックの眩しい舞台がある…。(「卓球」)

 雨の能登で、競歩50㌔日本選手権が開催。1位になった者は東京五輪出場切符を確実に手にし、2位選手にも可能性がある。優勝圏内を狙える実力の持ち主、32歳の白岡拓馬は2位グループで歯を食いしばり歩いていた。リズミカルに両腕を振って脇目もふらず進みながら、不運の連続だった競技人生が脳裏に去来する。

 高校、大学、実業団と人間関係がこじれたためいわれのない中傷を受けてきた。難題を乗り越え今がある。しかしフルマラソンより長い50㌔を誰よりも速く歩き通すのは、気力だけでは不可能だ。果たしてこれまでの努力は、自分を裏切らずにいてくれるのか…。(「競歩」)

 元サッカーJ1選手の山森幹夫は大けがで精神的ダメージを受け競技を続けられなくなった。先輩の秋山に頼まれてブラインドサッカーチームのコーチとなり、戸惑いながらも選手達の熱意に打たれ真剣に取り組む。チームの一員・中途失明者の青柳にパラリンピックを目指せる素質を見るが、彼は状況を受け入れられず苛立っていた…。(「ブラインドサッカー」)

 本書が単行本として出版されたのは2018年3月。この時はもちろん、東京五輪を翌々年に控えていました。異例ともいうべき早さの文庫化は、コロナ禍で先行きが見えない現状を踏まえてのことでしょうか。

 現実の五輪の状況がどうあれ、本書で描かれるアスリート達の苦悩、競技へのひたむきなまなざしは読み応えがあります。「卓球」の、一打ごとに競技者の思惑とプレーの意味を解説するあまりに詳細な描写を見る限り、著者に卓球経験がないとは信じられないくらい。完全にプレーヤーに乗り移っているような気迫がみなぎります。「オリンピック」は見果てぬ夢の舞台として書かれますが、だからこそ、志を持つ人間の姿が美しく描かれるのかもしれません。