きょう8月15日で、昭和20年(1945年)の終戦から75年が経過する。毎年8月に掲載している本紙の連載企画「終わらざる夏 それぞれの戦争を訪ねて」の取材に昨年、今年と参加。今年は、「神戸大空襲」に実際に遭遇された95歳の女性にお話をうかがうことができた。鮮明に残る当夜の記憶を、克明に語ってくださった◆家々が燃え、焼夷弾が雨のように降りしきる中を家族でしっかり手をつないで走っていく恐ろしさは、想像を絶する。「前にいる人の服に落ちる火の粉を、手で叩いて消し続けた」との生々しい述懐から臨場感が迫ってきた。その場の空気の熱さを想像すると、「防空壕に入った人たちが蒸されるようにして死んでいた」という事態、その惨状が戦慄と共に実感を伴った情報として心に刻まれる◆数字的な記録を残すことと同じくらい、肉声は重要である。そこにその人がいたからこそ感じることができた具体的な色、音、温度、そして感情を、そのままに伝えてもらえる。簡潔に整理され、要約された抽象的な言葉というものは心の奥に引っかかることなく、上滑りしていってしまう。実際に空襲を体験した方の声を聞かせていただいた、このこともまた貴重な体験である。聞いた者の責任として、折に触れ発信していかねばならないと肝に銘じる◆きょう8月15日は盂蘭盆会の3日目、家に戻っていた亡き家族の魂が彼岸へ帰るとされる日でもある。「この世もあの世も心は一つ」と、妖怪漫画家水木しげるの自伝的漫画にあった。亡き人に、そして未来を生きる世代に、戦争のない時代を恒久的に続けることを誓う。それはこの先も、何十年という年月を重ねても、引き継いでいかれるべき心であろう。(里)