ホラー、怪談、恐怖小説、怪奇小説、スリラーなどいろいろ類語はありますが、私はやっぱり日本古来の怪談に心魅かれます。今年は原点に立ち返り、怪談の元祖ともいうべきラフカディオ・ハーンの古典的名著をご紹介します。

 内容 赤間が関(現下関市)の阿弥陀寺で世話になっている天才的な盲目の少年琵琶法師・芳一がある夏の夜、和尚の留守に一人縁に座っていると、武士らしい荒々しい声で「芳一!」と呼ばれた。ある高貴な身分の方がこの近くに逗留しているのだが、おまえの語る「平家物語」を所望している。屋敷に来いという。全身に甲冑を着けているらしい武士の鉄の指に手を引かれ、森のように広いらしい屋敷の奥座敷を訪ね、芳一は得意の壇ノ浦の合戦の下りを語って聴かせた。聴いている女たちはすすり泣くほど感動。毎晩聴かせてほしいというのを承知して帰った。和尚は毎晩寺を空けるようになった芳一をあやしみ、寺男にあとをつけさせると、芳一は寺の墓の一角にある安徳天皇御陵の前で、おびただしい鬼火に囲まれて激しく琵琶をかき鳴らしながら高らかに平家物語を語っていた…。(「耳なし芳一」)

 若い侍・関内が大きな茶碗に茶をなみなみと注いで飲もうとすると、透き通った茶の表面に見知らぬ若い男の顔が浮かび上がってきた。周りを見回してもそれらしき者はいない。茶を捨て、茶碗を替えてもう一度注いでみたが、やはりその男の顔が現れ、薄笑いを浮かべている。関内は思いきって、その顔ごと茶を飲み干してしまった。数日後、関内宅にすうっと音もなく一人の男が入ってきた。茶碗に映ったあの男である。「誰だか知らないが、どうやって案内も請わず入ってきたのか」と問い詰めると、男は「私を知らないとは。数日前、あなたは私をひどい目に遭わせたではないか」と迫ってくる…。(「茶碗の中」)

 いろんな出版社からいろんな装丁で出ていますが、最もポピュラーで手に取りやすいのが本書。私が買ったのは30年以上前ですが、今なお同じ装丁で版を重ね、売れているようです。なんといっても天野喜孝氏の手によるシャープで妖艶な表紙絵が実に粋で内容にマッチしている。この絵は「雪おんな」ですね。(「雪女」じゃないところもいい)。

 アイルランド人の父とギリシャ人の母の間に生まれ、世界を放浪したあとジャーナリストとして立ち寄った日本に惚れ込み、永住を決めたパトリック・ラフカディオ・ハーン、日本名小泉八雲。この人の家はとても広く、妻に用がある時はほら貝を吹いたとか…。鋭敏な感受性により日本人ならではの「もののあはれ」を理解していたハーンの「怪談」は、ただ怖いばかりではなく豊かな詩情があるところが魅力です。