作者の生まれは明治18年。明治45年に執筆され、初版は大正10年とかなり古いですが、繊細な描写が特徴的で、読んだら日本語力が上がる気になります。夏目漱石が絶賛した本ということで気になり、手に取りました。明治時代の情景、子どもの目線そのままに描かれた心情が細やかな、作者の少年時代を回想する自伝的小説です。

病弱のため田舎の伯母に育てられた作者。伯母は生きがいとして育ててくれます。そこで出会う学友や人々とのかかわりの中で作者は成長していくのですが、その中で印象的だったのは、隣に越してきた同い年(当時九つ)の女の子「お恵ちゃん」とのエピソード。可愛らしくも勝ち気なお恵ちゃんが気になる作者は、負けまいと必死に勉強を頑張ったり、カッコつけてガキ大将を気取ったり…。お恵ちゃんとの交流で、男の子が少しずつ異性を意識し、頼もしくなる描写も微笑ましいです。月夜の下、窓辺で互いに腕を見せ合う描写があるのですが、お恵ちゃんの腕を「しなやかな腕が蝋石みたいにみえる」と表すなど、心を通わせる場面が綺麗なこと。これが九つの男の子が感じることか?と疑うほどです。

 伯母は作者が17歳の時に亡くなります。老いていく伯母の描写は読んでいて切なく、最後まで作者を思う気持ちが伝わってきます。一方、作者は思春期とあってか、最後の最後に美しいお姉さんと出会い、別れに涙を流すというエピソードが登場。それもきっと心の成長の表れなのでしょう。

 子どもの頃の記憶はどこかに残っていても、その時の心情は大人になるにつれ忘れていくものではないでしょうか。そのような気持ちを持ち続けることの難しさを感じるとともに、感性が磨かれる作品だと思います。