幅が狭く、カーブが続き、前から車がくればすれ違うこともできず、一つ間違えば谷底に転落してしまう…。そんな田舎の峠道を「酷道」と呼び、スリリングなドライブを楽しむ人たちがいます。この本は奈良県のそんな酷道沿いにある寂れたドライブインが舞台の物語です。

あらすじ 奈良県南部の秘境の村を通る峠越えの旧道沿いで、わずかな常連客を相手に細々と営業を続けるドライブインまほろば。夏のある日、憂と名乗る小学6年生の男の子が、まだ5つぐらいの幼い妹を連れて現れる。「夏休みが終わるまでここに置いてください」と懇願する少年。母親が運転する車の事故で一人娘を亡くした過去を持つオーナーの比奈子は、迷った末、一時保護のつもりで2人を泊める。その夜更け、物音で目が覚めた比奈子は、月明かりの下で慟哭する憂に気づく。「何があったの?」と聞くと、憂は義理の父を殺したことを告白。自らも家族の問題で心を病んでいた比奈子は、震える憂を強く抱きしめ、何があってもこの兄妹を守ろうと決意する…。

親に虐待されて育った子どもは、自分が親になってもわが子を虐待する。という話は聞いたことがありますが、この本の登場人物も救いがたいほどの虐待の加害者であり、被害者です。著者がわが子を虐待する親とさらにその親の人間性を描くうまさは何なのか。作家として当然ながら、心の奥まで見通す洞察力の鋭さに舌を巻きました。

終盤、憂は妹の実父である義父を殺めた罪の意識に苛まれ、やっぱり自分は死ぬべきだと訴え、「こんな人殺しの僕が生きていていいんですか」と比奈子に問いかけます。これは犯した罪の深さに直面し、真の反省から出た言葉でしょう。その刹那、沈んだ闇の世界に、一筋の小さな光が差しました。