現代社会を鋭くも軽妙な筆致で描き出す人気作家、伊坂幸太郎の特に人気の高い快作を紹介します。「チルドレン」の続編ですが、単独でも楽しめます。近く文庫化されます。

 物語 家庭裁判所の調査官を務め、少年犯罪を主に担当している武藤。「弘法筆を選ばずって嘘だって知ってたか? 弘法のやつ、実は筆をそこそこ選んでいたんだと」など、どうでもいいこと、いい加減なことを喋りまくる変人の先輩・陣内とコンビを組み、いつも振り回されている。 

 武藤は無免許運転で人をはねて死なせてしまった19歳の少年、棚岡佑真を担当している。まったく心を開いてくれないが、やがて彼の過去が明らかになる。幼い頃両親を交通事故で亡くし、10年前には友達も、彼の目の前で、19歳の少年がよそ見運転していた車にはねられて亡くなった。その悲しみは、棚岡少年の心の奥底にずっと居座り続けていた。

 棚岡少年は牙をむくように、本音を表に出し始める。「人を車ではねた奴を、はねたらどうして駄目なんだよ。おかしいだろ」武藤は、その叫びにこたえて「なぜ駄目か」を納得いくように説明する言葉を持たない。かといって、同意することももちろんできない。一般的な良識からだけではなく、陣内から、10年前に彼の友達をはねて死なせてしまった当の青年、若林を紹介されていたのだ。

 彼は当時陣内の担当で、数年間少年院にいて社会に出た。飲食店などで飲酒運転しそうな人を見つけると殴られる覚悟で注意しにいくような青年となっており、救急救命士の資格を取ったが、面接で自分が起こした事故のことを正直に話してしまうのでどこからも採用されずにいた。

 彼らの怒りも悲しみも後悔も十分に理解しながら、どうすることもできない武藤。だが、いい加減でおしゃべりで、音楽をこよなく愛するおかしな調査官・陣内が、彼らの心を鮮やかに救っていく…。

 誰もが心に抱く、犯罪を犯した人間への容赦のない断罪の思い。しかしそれは決して、物事をいい方へ導きはしない。

 正解のない重いテーマを中心に据え、逃げずに真正面から取り組む著者のスタンスはすごいと思いました。自然な感情の動きを表現した、建前ではない心底からの言葉。語り口調からあふれる現代感覚が、読者に物語世界を身近なものとさせる。

 問題を深く考えさせ、決して簡単に解決するわけではないが、ある救いの方向を力強く指し示す快作。本書の陣内、「陽気なギャング」シリーズの響野など著者の作品にはおしゃべりが止まらないキャラクターがよく登場しますが、エッセイによると著者の父がモデルになっているようです。