水害と火災を乗り越えて
10月27日から11月9日までの2週間は第79回読書週間、各地で関連行事が展開されている。昭和の時代、書店は文化や情報のターミナル的存在だったが、令和の今「まちの本屋さん」は全国的に減少の一途。日本出版インフラセンターによると2023年度の全国書店数は1万918店、10年で3割以上減少している。
日高地方で最も古い書店は御坊市湯川町小松原で誕生した大谷書店(現ブキャンドック大谷)。始まりは教科書が国定だった戦前にさかのぼる。店を立ち上げたのは、現在の店主大谷秀生さん(78)の祖母に当たる於龍(おりょう)さん。祖父の常吉さんが米国に渡っていたため、一人で店を切り盛りしていた。

夫妻の長男で秀生さんの父、常利さんは旧制日高中学校を卒業後、湯川村役場に勤め収入役となっていたが、大陸に出征。終戦後、小松原にあった店を日吉通りに移し20坪ほどの店を構えた。本町2丁目に移ったのは5、6年後。しかしほどなく1953年(昭和28)7月18日、「7・18水害」が発生。天井まで水がきた。水に漬かった本はもちろん書棚も水を吸うと割れてしまい、すべて駄目になった。秀生さんは5歳。父親らが泥の掃除に苦心していたことはよく覚えている。再開まで数カ月はかかった。
秀生さんが22歳となった70年(昭和45)、常利さんが他界。母の久子さん(97年、78歳で他界)を助ける形で書店の仕事を始めた。高度経済成長華やかなりし頃、時代の勢いは本の売れ行きにも表れた。ドラマ化された小松左京著「日本沈没」に山崎豊子著「白い巨塔」、「恍惚の人」や「複合汚染」など社会派作品を精力的に発表していた和歌山県出身の有吉佐和子と、長編小説がよく読まれる時代だった。芥川賞や直木賞の受賞作は平積みにしておけばどんどん減っていった。
本町時代の同店をよく利用していた玉置芳男さん(72)=御坊市湯川町小松原=は「子ども時代は週刊マガジンなどをよく買い、大学生になると専攻だった地理の本を買いに行きました。大谷さんは地方の書店としては専門書がとても充実しており、論文集など買いましたね」、阪本尚生さん(70)=御坊市塩屋町北塩屋=は「科学雑誌『Newtоn』を定期購読し、科学史の本もよく買いました。体調を崩した時などネットもない当時は書店が情報源で、医学書など参考にさせてもらいました」と懐かしむ。
水害から20年を経た73年(昭和48)正月、店は火災に見舞われた。近隣からの延焼。売場にあった分だけでなく、2階の倉庫の書籍類もすべて燃えた。倉庫には売場にあったのとほぼ同量が備えられ、「2店分の本が焼けました」。火災後、3階で掛け軸の展示会を開いた。多くの人が見に来てくれ、購入してくれる人もいた。御坊でも文化への関心はまだ高いことを確かめ、元気を取り戻す思いだった。その後、美浜一番街に美浜店を出店。従業員は多い時は合わせて30人ほどいた。
やがて時代が進み、ネットやスマホの普及と足並みをそろえるように本を読む人の減少を実感。かつて飛ぶように売れた芥川賞受賞作なども今は5冊売れればいいという感じで、コミックすら読む子どもは減った。
1989年(平成元年)、御坊市湯川町小松原の現在地へ「ブキャンドック大谷」を開店。店舗はこの1店のみとした。店名は「ブック」と港などの「ドック」を合わせた造語で、「本の倉庫」をイメージしている。「若い世代で活字の本を読む人が減っていることに寂しい思いはありますが、今も本を読みたいという人の手助けになる仕事をしたいと思っています」。
山の小さな「すごい本屋」
御坊市から遠く離れ、日本一長い2級河川である日高川をさかのぼった日高川町初湯川、山に囲まれた椿山ダム湖の近くに「日本一すごい本屋」と呼ばれたイハラ・ハートショップがある。店長は井原万見子さん(62)。開店当初は日用雑貨や食料品も商う、地域になくてはならない店だった。20坪ほどの「山の小さな本屋さん」で、井原さんは本を売るだけでなく子どもたちのためにさまざまなイベントを企画、精力的に動いてきた。
井原さんの伯父、池本多萬留さん(2012年、94歳で他界)が教職を退職したあと、枚方市で開いていたイケモト書店、その美山店が同店の前身である。池本さんは子どもの頃から読むのが好きで、集落の新聞を置いている家で読ませてもらって「読むこと」が好きになり、家々で本を借りてくるような子だったという。枚方の店を訪ねた故郷の人々から「地元にもこんな本屋があったらいいなあ」という言葉を聞き、86年に美山店を開業した。「恰幅が良く、とても大らかで優しい人でした」と万見子さんは懐かしむ。
しかし9年後に妻が他界し、自身も高齢となったことから、池本さんは書店を続けることを悩み、「この場所では、一度やめたら二度と本屋はできなくなる」と聞いていた万見子さんと夫の和義さん(70)が事業を受け継ぐことに決めた。

当時、万見子さんは3人目の子どもの出産を控えて体力的にも大変な状況で、「本当にできるのだろうか」と不安な気持ちはあったが、1995年3月、和義さんが店主、万見子さんが店長となって「イハラ・ハートショップ」はスタートした。
当初から万見子さんには「子どもの本に力を入れたい」という思いがあり、学校図書の見本を持って地元の小学校を巡回するなど、人口2200人の小さな村の子どもたちにも「本の世界の楽しさを知ってほしい」との願いで活動していた。
店には日用品を求める近所の人たち、学校帰りの子どもたちが訪れる。「子どもたちに、本物に触れる機会を持ってほしい」と、絵本の原画展ができないかと東京の出版社に問い合わせたところ、福音館書店の絵本「こんとあき」(林明子著)のエスキース(下絵)を借りられることとなり、2002年に初めて店内でエスキース展を開催。キツネのぬいぐるみ「こん」と女の子の「あき」がおばあちゃんを訪ねる旅の物語で、絵本ができるまでの貴重な下絵が並んだ。会場を訪れた子どもたちは「あの絵本のスケッチがこれなんや」と、目を輝かせて見入ってくれた。4日間で283人が来場、村の人口の1割以上が来たことになる。

その後、児童文学の人気シリーズ「かいけつゾロリ」著者原ゆたかさんのサイン会、「昆虫記」等の自然写真家今森光彦さんのおはなし会等々、万見子さんの熱意によってすごい人たちが山の本屋にやってきてイベントを行ってくれた。夜行バスに乗って東京の出版社と何度も行き来するうち、人脈はどんどん豊かになっていく。新聞や雑誌に体験を連載。山あいの小さな書店で著名な作家を呼んでイベントを展開する万見子さんは、本を巡る業界では「有名人」となり、同店を取材に訪れたライターで書評家の永江朗さんは、連載をまとめた万見子さんの著書「すごい本屋!」(朝日新聞出版)の帯に「イハラ・ハートショップは、日本一すごい本屋です」の言葉を寄せてくれた。
本を読んで、遠方から足を運んでくれる人も多い。はるばる長崎から訪ねてきた女性はその後、「郷里で本屋さんになりたい」という夢を実現させた。
「扱っているのが『本』だからこそ、いろいろな出会いが生まれてくるのでしょうね」と万見子さん。同店でのイベント第1号となった「こんとあき」のエスキース展が、今年も今月24日まで開かれている。本物に触れる喜び、読む楽しさを子どもたちに伝える場でありたいと、万見子さんは願う。


