モンスターカレンダー

« 2018年4月 
123456789101112131415161718192021222324252627282930

渡辺謙as斉彬様の凄さに打たれる~西郷どん第11話とスペシャル~

| トラックバック(0)
 録っておいた「西郷どん」第11話「斉彬暗殺」。
 まだ篤姫のお輿入れも実現していないのに斉彬様が死ぬわけないんだけど、なんだか大変だ、と観てみたところ。
  一つのシーンに心をつかまれてしまいました。

 西郷を縁から庭へ豪快に蹴り落とした場面。

「時がないのがわからんか
 
 わしは命など惜しゅうはない

 命に代えてもやらねばならんことがあるのだ!」

 この時の斉彬様の顔が凄かった。

 「命に代えてもやらねばならんことがあるのだ!」の瞬間、顔全体が白く光を放つかにさえ見えたのでした。

 その光を至近距離からまともに浴びた鈴木亮平as西郷。
 何か、ものに打たれたような表情で主君をぼうぜんと眺める表情がよかった。

 威に打たれる、というのはこういう感じなのでしょうか。

 ドラマって、役者と役者のぶつかりあいで、どんな化学反応が起こるか実際にやってみないとわからないところがすごく面白い。

 渡辺謙という人は本当に胆の底から役者なんだなあと。
 江戸時代の終末期、薩摩という雄藩を統べる大きな存在、島津斉彬の「生」を生きている。

 また、1日放映のスペシャルで、

 「なんでもかんでも命を懸けるな」

 と、西郷が捧げ持つ太刀を手でトンと軽くたたき、

 「命は一つじゃ」

 くぅ~謙さんの斉彬様は言うことが違うなぁ~、何より、それを言うたたずまいがすごく自然でカッコいい~と思っていたら。

 この台詞が実は台本にはなかったと知って、さらに凄さに打たれてしまいました。
 
 島津斉彬を生き、島津斉彬として西郷と相対しているからこそ、胆の底からこの言葉は自然に、あふれるように生まれてくるんですね。

 とはいっても、アドリブによる演技が台本通りの演技よりも価値が上、ということはまったくないんですが。
 故向田邦子さんは、彼女が脚本を書いたドラマの現場で、役者によるアドリブを許さなかったといいます。
 考えつくされた脚本を最大限生かすことで、ドラマが作品としてより完成度の高いものになる。
 また、役者が独自の感性で演技することによって意外性が生まれ、結果的によりクオリティの高い作品になる。
 どちらがいいとか悪いとかではなく本当にケースバイケースであり、要するに結果オーライだと私には思えます。
 ドラマも一つの「物語」として、いわば人格をもった作品。
 結果的に「彼」、つまり作品自身がいい生をまっとうできさえすれば、方法論はどうあれそれでよしとすべきではないでしょうか。

 初々しくも大器の片鱗を感じさせる鈴木西郷、私は好きです。
 斉彬様は近く物語から退場してしまいますが、その後も見る人の心を引っ張っていける、いい役者さんだと思います。

 役者・渡辺謙と役者・鈴木亮平の関係性をクローズアップし、そこに島津斉彬と西郷吉之助の関係性も投影されているようで、なかなかに興味深い番組でした。


トラックバック(0)

トラックバックURL: http://hidakashimpo.co.jp/mt/mt-tb.cgi/792

MT42BlogBetaInner

プロフィール

サト 日高新報記者。文化関係等の取材、編集整理、連載随筆や投稿原稿の編集を担当。空いた時間が少しでもあれば、本か漫画を読まずにはいられない。料理や洗濯をしながらも、可能な限り本を手離せない真性活字中毒。常に面白い本の情報を求めています。音楽や映画、歌舞伎など舞台芸術も大好きです。ひのえうま生まれの女。

PR

アイテム

  • ハイキュー21巻.jpg
  • 宇宙兄弟28巻.jpg
  • 進撃19巻.jpg
  • ワンピ81巻.jpg
  • ジャイキリ39巻.jpg
  • ハイキュー19巻.jpg
  • ペダル44巻.jpg
  • ハイキュー20巻.jpg
  • 文春.jpg
  • ダイヤⅡ2.jpg
MovableType(MT)テンプレート 無料(フリー)
Powered by Movable Type 4.25